2017年07月10日

宇多田ヒカル - 大空で抱きしめて(Single)

宇多田ヒカルさんの本日配信の新曲。 サントリーのCMのタイアップ曲。

Fantômeで拓いたウツJ-POPの気配は消えている。 料理の上手な人が、トマトとニンニクでちゃっちゃと作ってくれたスパゲティのように、気軽に美味しい音楽となっている。

そんな例えは、他にいくらでも転がっているだろう。 気になることがある。

Google Playでの配信がまだかまだかと待っていたのだが、一向に来ない。 !?と思いつつ、届いたメールマガジンを見ると、非ハイレゾ配信は「Apple Music」と「レコチョク」だけだと。 GoogleもAmazonも宇多田ヒカルさんの新曲を扱っていない。(2017年7月10日現在。)

「幻」だったのかもしれないが、どーも昨日の時点ではGoogle Playにはジャケット画像だけは出ていた気がするんですよ。AACフォーマットをGoogleやAmazonの採用するMP3フォーマットにすることなど、家庭用パソコンでも造作もないこと。妄想込と前置きしたうえで、技術的な問題以外のところで、大手配信サイトが配信を始めない何かがあるのかもしれない。

アーティストとレコード会社の関係というのはいろいろとフクザツなようだが、もう、ウツJ-POP道を突き進む、インディーズならインディーズででもと、割りきったほうが納得ずくのお仕事ができるんじゃないですかね? 半端な配信の仕方では、あざとい大人たちの宇多田マネー効果に期待する向きにも応えられないわけですし。

(竹)

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2016年11月03日

宇多田ヒカル - Fantôme

人間活動に専念し、繁殖したりした宇多田ヒカルさんの新アルバム。 『Fantôme』はおフランス語で「幻」を意味するそうです。文字化けしている人もいるかもしれない。 "ô"はoのうえに山マーク。

先行してリリースされた3曲を「宇多田マネーの匂いがプンプン」、「ウツJ-POPという新境地」と書いた記憶があるのだが、アルバムを通しても、その気配が濃厚になっている。

辛うじて軽やかに聴けるのは1曲めの「道」のみ。 っていっても、タイトル名が道ですよ。 なんというか求道的というか、宿痾を背負ったというか、そういう肩にズーンとくる重苦しさを感じられずにはいられないのですよ。 どうも、長年連れ添った毛むくじゃらの愛犬が死んじまった35歳独身女、みたいな哀しさを感じられずにはいられない。

だからして、やはりウツJ-POPの世界はアルバム自体にもおおっている。無理した感の満載なコマーシャル曲「道」はやはりまあ、宇多田マネーの期待に沿うべく無理して明るく振る舞ったのだろうなぁ、と。

これで、終わりににしてもいいのだが、ちょっと語りたい曲をもう1曲。「忘却」がそれ。陰鬱な曲に、梅雨時の靴下みたいな陰鬱な声のラップ(宇多田さんではない誰か男)が乗る。 もう、ウツまっしぐらなわけだが、「強いお酒」と2回繰り返して歌詞が乗る。

宇多田さんに関しては、本人のつぶやきからウィスキー漬けではないかとの観測記事になったりしている。 それを裏付けるのか? そういうマスコミをあざ笑っているのか? と妄想が広がる。

と、1記事にふた言書きたるようなキャッチーさは健在。だけどこれ、とてもとても新たなる生命の歓びみたいなものを感じられる代物ではない。 子供がかわいくてかわいくて仕方がない時期に次アルバムを出せるタイミングではなし、本当、これからいろいろ大丈夫なのか?

(竹)


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2016年04月15日

宇多田ヒカル - 真夏の通り雨 (Single)

熊本を襲った大地震を深夜までNHKで見ていた。 ひどかったのが、山口智彰というスタッフの傍若無人な報道っぷり。 益城町という町の役場に避難してきた人々に「NHKです!」とインタビューをするのだが、その威圧的な態度はいまどきお巡りさんでも自粛するだろうという高圧さ。精根尽き果ててへたりこんでいる女性に、執拗に「どんな地震だったか」と尋ねる。 涙目で「ひどい地震でした」と一言言い捨てられると、してやったりとばかりに撤退する山口。

ここらへんのマスコミの行き過ぎた報道の権利主張につき、宇多田ヒカルさんもかつてこうつぶやいている。



で、今回紹介する『真夏の通り雨』、日本テレビのニュースショーで流れ始めた曲なんだそうだ。 ちょっと暗に批判した対象に曲を提供するというのは、まあやはり大人の事情なのだろう。

肝心のどんな曲かというのがまだだった。

ずっと止まない止まない雨に
ずっと癒えない癒えない渇き

こんな調子であり、『花束を君に』と同じくウツJ-Popという新境地を開いてしまっている。

同じ調子の曲ばかりポンポンと2曲も3曲も出してくる、というのはちょっと、なんというか、大人の事情に対する彼女なりの抵抗なのかなぁとも妄想を広げてしまうのです。

(梅)


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